シベリア抑留を知り考えるスケッチ展2017・冬

靴に隠して持ち帰った豆日記、飯盒もスケッチ・画文集とともに一堂に展示

四國五郎のシベリア抑留体験

(Shikoku Goro 1924-2014)                

絵本『おこりじぞう』(文・山口勇子、金星社)の画家として有名な広島の四國五郎さんもシベリア抑留の体験者でした。以前「日本とユーラシア」紙(1994-97年)に長期連載された「シベリア抑留史」(文・高橋大造、全65回)に挿絵を描いておられ、それらの原画をスケッチ展で展示したことがありました。2014年逝去後に、それらの作品の元になったシベリアから持ち帰った「豆日記」、帰国直後に自身のために1冊だけ描かれた画文集『わが青春の記録』やナホトカで描かれた人物デッサン、1991、94年墓参に訪れたシベリアでの膨大なスケッチなどが見つかり、注目されています。

このほど『わが青春の記録』が復刻出版され、初めて世に出るのを機に、改めて"四國五郎のシベリア抑留体験"をふりかえる個展を開催します。現地で体験した「民主運動」の記憶も含めて抑留の実相を伝える貴重な作品群と歴史的な資料の展示です。ふるってお越しください。

■日時:12月11日(月)~25(月)11:00~19:00(*18日は休み)

   (*オープニングは12/11の 13:00。 *最終日12/25は17:00まで 毎日14:00-15:00ギャラリートークを予定)

■会場:千代田区立九段生涯学習館2F「九段ギャラリー」(東京メトロ東西線・半蔵門線、都営地下鉄新宿線「九段下」駅下車 6番出口すぐ前、千代田区九段南1-5-10 地図:http://www.kudan-ll.info/guide/info)


●主な展示作品・資料●

・水彩スケッチ「シベリア抑留」シリーズ (20点)

・ナホトカで描かれた人物デッサン (7点)

・油絵 (「伐採作業」「流れ遥かな」、2点)

・『わが青春の記録』 ・『豆日記』

・シベリアから持ち帰った軍靴(「豆日記」を隠して帰国したもの)、飯盒、ザック(シベリアで手作り)

・墓参時のスケッチ帖

   ●会場で紹介する映像●

・『わが青春の記録』 (朗読版)

・四國五郎、シベリア抑留関連ドキュメンタリー映像等

●主催:千代田・人権ネットワーク  ●共催:シベリア抑留者支援・記録センター

●連絡先:☎080-5079-5461 E-Mail:cfrtyo@gmail.com URL: http://sdcpis.webnode.jp/


四國 五郎 略歴 

1924年5月 広島県生まれ。五人兄弟の三男。

1935年 11歳で中国新聞社主催「選抜学童図画競技大会」で優勝

絵の専門教育を受けられず、独学で絵画技術を磨く。

1944年 20歳で徴兵、第五師団広島西部第十部隊輜重兵第五連隊に入営。満州・琿春で関東軍に入隊(第13125部隊、歩兵第247連隊第1大隊本部)。

1945年 ソ連国境付近でソ連軍と激戦。特攻要員で死を覚悟。攻撃直前に敗戦。弟・直登が広島で被爆死。

捕虜となりシベリアのフルムリ地区で抑留生活。

凍傷、栄養失調と過労で吐血。生死の境をさまよう。

1946年 ゴーリン病院に入院。病院内で壁新聞、ポスター制作、芝居の脚本執筆など、収容所内の「民主運動」推進。

1947年 帰国のためナホトカへ。帰国を遅らせ、紙芝居やポスター、看板製作など、絵と詩で収容所内の「民主運動」を担う。

1948年 11月帰国。広島の惨状知り、「生涯平和のための詩や絵を描く」ことを決意。

1949年 参議院在外同胞引揚問題に関する特別委員会に証人として出席。峠三吉の『われらの詩の会』に参加。詩集・歌集の表紙を描き、詩多数発表。広島市役所に臨時職員で就職。シベリアから持ち帰った記録元に『わが青春の記録』描く。

1955年 『広島平和美術展』を仲間達と創設。以降毎年開催し、生涯のテーマとして描いた「母子像」等多くの作品を発表。

1970年 『四国五郎詩画集 母子像』(詩人会議)出版。

広島市内の被爆者介護施設、老人ホーム、病院などで似顔絵書きのボランティア活動を始める。

1974年 NHKで「市民の手で原爆の絵を」描く運動を呼びかけ。

1979年 絵本『おこりじぞう』(金の星社)出版。表紙絵と挿画を描く。

1983年 『ヒロシマのおとうさん』(汐文社)表紙画と挿画を描く。

広島市役所を早期退職、画業と詩作に専念。

1985年 画文集『ひろしまのスケッチ』(広学図書)出版。

1997年 「日本とユーラシア」に『シベリア抑留史』の挿絵を連載。

広島県三良坂平和美術館にて『四國五郎展』開催。

第18回広島文化賞(広島文化振興基金)受賞。

1999年 画集『四國五郎平和美術館』全2巻(汐文社)出版。

2014年3月 脳出血のため広島市内で死去(享年89歳)。

 

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