【ご案内と呼びかけ】

              8月23日・第15回

シベリア・モンゴル抑留犠牲者追悼の集い

 スターリンの指令でシベリア抑留が始まった8月23日に、シベリア・モンゴル抑留犠牲者を追悼する集いを国立戦没者墓苑で行うことを2003年から呼びかけてきました。同墓苑には旧ソ連・モンゴルから帰還した遺骨14,274柱が納められています。「戦後72年」を経て、「シベリア抑留」の実態解明を求める声が高まりつつあります。どなたでもご参列いただけます。元抑留者・遺家族だけでなく、関心おありの市民の皆様もお誘い合わせの上、ぜひご参加ください。(予約不要です)


 

8月23日(水)午後1時から(1時50分まで)

 

■国立千鳥ヶ淵戦没者墓苑

(千代田区三番町2 ☎03-3261-6700)


(*地下鉄東西・半蔵門・都営新宿線「九段下」4番出口から10分。駐車場あり。

*12:00と12:30に「九段下」の旧九段会館駐車場前から会場行き無料シャトルバスが出ます。)

 
                  ■次第 黙祷・関係者追悼辞・挨拶・全員献花

(*屋外で行います。平服でお越し下さい。帽子や日傘もご持参下さい。参加=無料です。)

■呼びかけ・共催 「8・23シベリア・モンゴル抑留犠牲者追悼の集い」実行委員会

ソ連による日本人捕虜・抑留被害者支援記録センター(シベリア抑留者支援センター)

シベリア立法推進会議・韓国シベリア朔風会・日本・ロシア協会

後援 厚生労働省・外務省・朝日新聞社・毎日新聞社・読売新聞社・産経新聞社・日経新聞社・東京新聞(一部申請中)

■連絡先 直通携帯080-5079-5461 03-3237-0217・Fax3237-0287

*生花の予約・申し込みも上記へお願いします。

〒102-0074東京都千代田区九段南2-2-7-601 cfrtyo@gmail.com

(*終了後,懇談会(15:00-16:30、別会場)を開催します。ぜひご参加下さい。

*閉会後、千鳥ヶ淵⇒九段下のバスも運行しますので、ご利用ください。)

 

◆国立千鳥ヶ淵戦没者墓苑 昭和34年(1959年)に国によって建設され、戦没者のご遺骨を埋葬している墓苑です。先の大戦で、海外で亡くなった軍人、軍属、一般邦人等約240万人の戦没者の遺骨のうち、政府等が外地から持ち帰り、引き取り手のない遺骨が36万7,328柱(平成29年5月29日現在)納められています。


<DVD上映会のご案内>

1952年シュウ・タグチプロ製作セミ・ドキュメンタリー

『私はシベリヤの捕虜だった』

 

(北沢彪・土屋嘉男・伊藤雄之助・田中春男ほか出演)【無料】

◇8月23日(水)10:20~11:50(開場10:00)

(*千鳥ヶ淵墓苑直行バスに間に合います)

 

<シベリア抑留を語る懇談会のご案内>(追悼の集い終了)

◇8月23日(水)15:00~16:30

(*墓苑会場からバスが出ます)

⇒上記の会場は、九段下の千代田区立かがやきプラザ4F会議室1・2(「千代田・人権ネットワーク」と共催)。

 地下鉄「九段下」下車④・⑥出口から5分、旧「九段会館」隣)☎080-5079-5461



◆8月23日は何の日か?ご存じですか?

 1945年(昭和20年)8月15日で悲劇は終わりませんでした。

■ソ連軍最高司令官スターリンが日本軍兵士50万人の「シベリア抑留」を命じた日

 8月9日に参戦し、「満州」(中国東北部)・北朝鮮に侵攻してきたソ連軍が、支配する地域から、日本軍兵士50万人をシベリアに強制移送し、ソ連再建の労働力として使役することを命じた当時のソ連軍最高司令官スターリンの秘密指令が出されたのが、8月23日でした。

■「帰国(ダモイ)」とだまして60万人を拉致。内1割が死亡

「東京に帰す(ダモイ・トウキョウ)」とだまされて、約60万人の日本人兵や民間人がシベリアに移送され、寒さの中で奴隷労働を強いられ、食料や医薬品・衣類の圧倒的に不足する中で、栄養失調とけがと病気で、約1割の6万人が死亡しました。いわゆる「シベリア抑留」は、前代未聞の大規模かつ組織的な拉致事件でした。

■1992年にようやく秘密指令の存在が明らかに。しかし、実態解明はまだ道半ば

 8月23日極秘に出された指令でしたので、いったい何のためにこのようなことが起きたのか?長年にわたって不明でしたが、1980年代後半から始まったソ連のぺレストロイカ(体制改革運動)の時期にようやくこの秘密指令の存在が明らかになりました。21年前の1992年のことです。(⇒2-3頁参照) 翌1993年には、来日したエリツィン大統領が謝罪しています。

 しかし、現在までに、実際に何人が抑留され、正確に何人が亡くなったのか、分かっていません。厚生労働省が推定する死亡者55,000人の内、約18,000人の正確な死亡情報が得られていません。遺骨も収集・帰還できたのは2万柱に満たない状態です。

■戦場で散った死ではありません。平時に飢えと病気で亡くなった犠牲者です

犠牲者は「戦陣に散り、戦禍に倒れた」のではありません。戦争は9月2日の降伏文書の調印で終わっています。ポツダム宣言や国際人道法に違反する奴隷労働と飢えと寒さで亡くなったのです。収容所内での日本人同士の抗争もありましたが、冷戦・独裁・奴隷労働の犠牲者でした。戦争は終わっていたのですから、本来死ぬ必要のない死でした。他の戦争犠牲とは異なる拉致被害者でした。

■2010年(平成22年)に「シベリア特措法」を制定。国に追悼の責任があります

 国会議員の皆様のご尽力で、3年前に超党派の議員立法で「戦後強制抑留者特別措置法」(シベリア特措法) が制定されました。同法には、国が実態解明に取り組むことや「死亡した戦後強制抑留者に対する追悼の意を表すための事業の実施」(13条3項)が明記されています。

■8月23日に追悼を。国が主体となって式典を実施するよう求めています

 14年前から、私たちは毎年8月23日に、「シベリア抑留」の悲劇を心に刻み、犠牲者を追悼することを呼びかけて、東京の国立千鳥ヶ淵戦没者墓苑で追悼の集いを開催してきました。今年も8月23日(水)午後1時から千鳥ヶ淵戦没者墓苑で行います。ぜひご参列ください。ご参列いただけない方も、北の空に向かって黙祷を捧げていただくようお願いします。

 6月23日の沖縄「慰霊の日」、8月6・9日の「原爆忌」は県や市が主催する式典ですが、首相が参列し、メディアも詳しく報じる国家的な行事になっています。「シベリア抑留」は、移送された日も、亡くなった場所も出身地も異なり、遺族は全国各地に散在しています。民間団体や自治体ではなく、国が主催して追悼式典を実施するよう私たちは求めています。

  シベリア抑留者支援・記録センター・シベリア立法推進会議 


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ニュース

第1回シベリア抑留記録・文化賞、渡辺祥子さんが受賞

2015年11月21日 00:00
第1回シベリア抑留記録・文化賞を渡辺祥子さんが受賞されました。 詳しくは、「シベリア抑留記録・文化賞」の頁に。

舞鶴・シベリア抑留関係資料等のユネスコ世界記憶遺産登録決定を歓迎するコメント

2015年10月10日 22:43
 本日(10/10)、舞鶴引揚記念館(舞鶴市)が所蔵する「シベリア抑留」と引き揚げ関係資料がユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界記憶遺産に登録されたことが発表されました。  かねてより、署名などでこの動きを支持・支援してきた立場から、登録決定は、まことに喜ばしく、関係者各位の多年の努力に敬意を表します。「戦後70年・抑留70年」の時機を得た快挙です。  60万人以上の日本兵・軍属・民間人が旧「満州」(現・中国東北部)・北朝鮮からソ連領内とモンゴルに移送され、飢えと寒さと強制労働のために、6万人以上が死亡した悲惨な歴史が、国境を超えて、世界の記憶として認定されたことを歓迎します。また、これを機

2014年8月23日第12回「シベリア・モンゴル抑留犠牲者追悼の集い」開催

2015年09月01日 00:00
8月23日千鳥ヶ淵戦没者墓苑で第12回「シベリア・モンゴル抑留犠牲者追悼の集い」を開催しました 各紙・NHKニュースなどから 2014年08月23日19時12分 毎日新聞 シベリア抑留:犠牲6万人追悼の集い 東京・千鳥ケ淵 追悼の集いで、犠牲者に花をささげるシベリア抑留の遺族や関係者=東京都千代田区で、青島顕撮影  第二次大戦後に旧満州(現中国東北部)にいた日本兵約60万人が旧ソ連に連行され、最長11年使役された「シベリア抑留」で犠牲になった約6万人を追悼する集いが23日、東京・千鳥ケ淵戦没者墓苑で開かれ、約150人が参加した。  集いは、当事者や支援者でつくる実行委員会が、抑留開始の日とさ

抑留死亡者名簿研究・村山常雄さん(88歳)逝去

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2012年8月23日千鳥ヶ淵戦没者墓苑で第10回「シベリア・モンゴル抑留犠牲者追悼の集い」を開催しました

2013年08月29日 00:00
8月23日千鳥ヶ淵戦没者墓苑で第10回「シベリア・モンゴル抑留犠牲者追悼の集い」を開催しました NHKニュースなどから 8月23日...

三井厚生労働大臣に要望書を提出

2012年10月30日 00:07
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