シベリア抑留記録・文化賞

 第2回「シベリア抑留記録・文化賞」の受賞者が、福岡県の上尾龍介九州大学名誉教授に決まりましたので、ご報告いたします。
 なお、贈呈式は東京では行わず、11月20日過ぎに福岡にお届けする予定です。
 

       <第2回シベリア抑留記録・文化賞受賞者プロフィル>
          上尾 龍介(かみお・りゅうすけ)さん
            
          
          (撮影=別府大悟氏、2015年4月)
 
1926年4月7日、熊本県生まれ。
1944年、県立宮崎中学校卒業、東亜同文会北京興亜学院入学。
1945年、学徒召集にて北支派遣軍配属。北部朝鮮で敗戦となりシベリア抑留。
1947年、復員。
1948年、愛知大学予科入学。1950年、九州大学(旧制)文学部入学。中国文学専攻。1953年、福岡大学附属大濠高等学校教諭となる。
1958年、純真女子短期大学講師、1969年、九州大学教官となる。
1990年、同大学退官、名誉教授に。同年、福岡女学院大学教員となる。
1997年、同大学退職。
2015年、中国書店より『一塊のパンーある学徒兵の回想』(上・下)を出版。
九州地区留学生問題フォーラム理事なども務める。
元全国抑留者補償協議会福岡県連顧問、シベリア抑留者支援・記録センター会員。
現在は福岡県春日市の高齢者向け施設に暮らす。90歳。
 
認知症を患っておられ、コミュニケーションに困難がありますので、直接の取材はお控えくださるようお願いします。
*贈呈式は東京では行わず、11月20日過ぎに福岡に届ける予定です。

 
<選考委員の推薦コメント>
 
● 本書は中学時代から帰国までの自伝的な回想記であるが、中国戦線を経験してから満洲、北朝鮮に配置されてソ連軍の捕虜になった一つの典型的な軍隊経験を克明に描いている(中国社会の観察を含む細部に至るまでの記憶には感心させられた)。しかも、帰国後、とくにソ連崩壊後に得た知識で自分の経験を歴史的に位置づけようとしており(例えば、北朝鮮・三合里収容所における病気と治療の実態)、従来の自分の経験の範囲をあまり出ない回想記には見られない客観性を与えている。そして何よりも、仲間のパンを盗むのが日常茶飯事となった極限状態を描くのみならず、偶然に出会った学友の善意(一塊のパンを持たせてくれた)を描くことにより、捕虜が「餓鬼道に墜ちる」ばかりではなく、何とか希望をもって生き延びてきたことをも示した点で、読者に感銘を与える作品である。鬼籍に入りつつある体験者の最近の著作の中では秀逸と言ってよい本書に「シベリア抑留記録・文化賞」を授与するのが同賞の精神にもかなっていると判断し、推薦します。
(富田 武成蹊大学名誉教授)
 
● 『一塊のパン』、巻を置くことなく、一気に読了しました。大変な筆力です。それに何よりも19歳から22歳という青年の瑞々しい観察と老年の円熟した回想とが実に見事に織り合わされています。現代(現在)の日本の危うさについてのご指摘にも、全く同意できます。『極光のかげに』に劣らぬ抑留者文学の傑作と思います。既にして、古典として長く読み継がれるべき著作の風格があります。  (長縄光男横浜国立大学名誉教授)
 
● シベリア抑留だけでなく、中国での生活と軍隊生活についても丁寧に書かれており、筆者はより広い視野から抑留の問題を考えておられると思いました。  (藤本和貴夫大阪経済法科大学学長)
 
● 膨大な類書(抑留経験者による手記)に連なるものだと思います。つまり、上尾さん以外にもこうした重要な手記を遺してくれた人はたくさんいます。日本国政府とジャーナリズム、アカデミズムが怠けている間に、当事者たちが重要な証言を遺してくれました。今回は、上尾さんと、そうした人たちへの敬意を込めて推薦したいと思います。 (栗原俊雄毎日新聞学芸部副部長)
 
● 体験者が本賞を受賞する最後の機会になりそうなことが最も大きい理由で。 (瀬口晴義東京新聞社会部長)

 
<2016年・他の候補>
①    韓国MBC放送ドキュメンタリ-「父(アボジ)と私―シベリア・1945年」(2016.8.15.放送、52分.)
 昨年の候補作・岩波新書『生きて帰ってきた男』の著者の小熊英二氏をナビゲーターに起用し、父親の話だけでなく、韓国の元抑留者・遺族を訪ね、インタビューを重ねる旅を記録した貴重なドキュメンタリー。韓国の放送局がシベリア抑留を取り上げた本格的なドキュメンタリーを制作したのはおそらく初めて。(推薦=池田幸一・下斗米伸夫法政大学教授)
②   読売新聞の北朝鮮、南樺太、中国・大連の抑留死亡者名簿、抑留・引き揚げ写真に関する一連の報道
ロシア連邦国立公文書館に眠っていた資料を探り当て、国内での裏付け取材によって、政府の「死亡地格差」の冷遇のために戦後70年、置き去りにされてきた悲劇に光を当て、政府の方針転換を促し、政府保有の延べ1万723人の死亡者名簿の公開、死亡者の身元特定・発表の拡大につなげた。今年も3月に樺太抑留新資料を大きく報じた。(推薦=内海愛子恵泉女学園大学名誉教授)
③   毎日新聞の一連の抑留報道
 2012~16年8月、5年連続「社説」で抑留問題を取り上げるなど、シベリア抑留問題の問題提起と世論化に大きく貢献。社会部・外信部・学芸部・論説室が連携して取り組み、報じている。毎年8月23日前後に社説でも取り上げて、国の対応を促している。
 
「シベリア抑留記録・文化賞」について
   シベリア抑留に関する記録・表現活動を奨励するため、2015年に創設。
1) 目的: 戦後70年を機に、シベリア抑留を広く記録に留めることを奨励し、優れた記録作品や表現活動を顕彰するため。
2)対象: 授賞対象はシベリア抑留を記録した作品・表現活動。(ジャンル・国籍・言語は問いません。)
3)募集期間: 年1回とし、毎年9月末までに発表された作品を対象とする。
(公募します。)
4)賞金・副賞: 賞金は10万円。副賞は「捕虜体験記」(捕虜体験を記録する会発行、全8巻)
5)選考委員:  富田 武(成蹊大学名誉教授)・藤本和貴夫(大阪経済法科大学学長)
          長縄光男(横浜国立大学名誉教授)・下斗米伸夫(法政大学教授)
          内海愛子(恵泉女学院大学名誉教授)・桜井 均(立正大学教授)
          白井久也(日ロ歴史研究センター代表)・井手裕彦(読売新聞編集委員) 
       栗原俊雄(毎日新聞学芸部副部長)・瀬口晴義(東京新聞社会部長)
                  池田幸一(元抑留者)・猪熊得郎(元抑留者、2016年9月21日逝去)
*昨年第1回の受賞者は遺族の渡辺祥子さんでした。
 
      上尾龍介さん長女・秦 摩耶さんのコメント】 

 このたびは、父が長年書き綴ってきた記録が、このような形で評価いただきましたこいと、父に代わりましてお礼を申し上げます。

 父は、人間観察が好きで、理不尽なことには憤りを持ち、必要ならその理不尽に立ち向かっていくようなひとでしたが、誰にも心からの思いを持って接していました。
 高校の教員に始まり、その後大学に在職中は、留学生センターの設立と運営に奔走し、日本語教授法を研究し、本来の中国文学も課題としておりました。
 全て心を込めた命がけのような仕事ぶりでした。
 しかし数年前の父との会話から、実は論文を書くより人とよく交わり、形にとらわれない、思いのままの文章を書くのが好きだ、ということを初めて知りました。
 その様な父ですから、シベリア抑留記としての書き始めは、思いのままから始まったと思われますが、書き綴るにつれ、人生で残したい事柄となり、更には後世に残さねばならない仕事に変化し、その思いが、書き続ける原動力となっていったのではないかと思います。
今、飽食の時代と言われながら、貧困や見えない未来に大きな不安を抱える人が多く、自死する人数はまるで戦争中のような数だと聞きます。
 今を生きる読者の皆様には、生きることを否定された時代があったことを知り、何が間違っていたのか、何が必要なのかを『一塊のパン』の言葉から感じ取っていただければと思います。
 最後になりましたが、出版に至るまでの中国書店の方々はじめ、編集に関わられたすべての皆様に心より感謝申し上げます。
                                                         秦 摩耶 


第1回「シベリア抑留記録・文化賞」、渡辺祥子さんが受賞されました。

 シベリア抑留者支援・記録センターが今年新たに設けた「シベリア抑留記録・文化賞」の第1回の受賞者が2015年10月31日されました。
 受賞者は、渡辺祥子(わたなべ・さちこ)さん、「シベリアで亡くなった父親の慰霊碑建立(今年完成)への並々ならぬ活動と遺族の立場からの抑留問題の社会への訴えに対して、顕彰すべき」との授賞理由によるものです。
 贈呈式は11月7日、東京港区の大阪経済法科大学・東京麻布台セミナーハウスで行われました。

 賞を贈る選考委員の長縄光男横浜国大名誉教授(左)と渡辺祥子さん(右)         挨拶する渡辺祥子さん


<渡辺祥子さんのプロフィル>
1942年1月3日 山口県防府市生まれ
1943年 父の仕事の関係で(樺太庁)樺太 豊原市に移り住む
1945年 敗戦で 母と二人 父の実家防府市に逃げ帰る
1951年6月 上京 以後母は働きながら父の消息を探ることに専念する
1954年3月20日 母は シベリア ノリリスク市からの帰国者より父の死亡を知らされる
1954年8月20日 防府市に於いて父の遺骨なき告別式を行う
1990年7月 母の知人の紹介により 閉鎖都市ノリリスクを訪問する
2002年2月19日 母 癌にて他界する(メモにて散骨を希望する)
2003年 サハリン(樺太)のユジノサハリンスク(豊原)を訪れ かつて住んでいたところの跡地を見つけそこに母の骨を散骨する その後 閉鎖都市ノリリスクへ入る方法はないかを探り続ける
2004年 ノリリスクより入市のための招待状を出してくれるスベトラーナさんを知り 彼女の協力で入市を果たし母の骨を散骨する(以後 母が望んでいたノリリスクにおける日本人慰霊碑の建立の為に可能性を探り続ける)
2015年10月2日 ノリリスクにて日本人慰霊碑の完成除幕式を行う
著書:『魚と風とそしてサーシャ』(桜美林大学北東アジア総合研究所、2013.1.刊)

          <「シベリア抑留記録・文化賞」について>
1)目的: 戦後70年を機に、シベリア抑留を広く記録に留めることを奨励し、優れた記録作品や表現活動を顕彰するため。
2)対象: 2015年9月末までの過去3年間に発表されたシベリア抑留を記録した作品・表現活動。(ジャンル・国籍・言語は問わず。)
3)募集期間:2015年9月1日~9月30日
4)賞金・副賞: 賞金は10万円。 副賞は「捕虜体験記」(捕虜体験を記録する会発行、全8巻)
5)選考者: 富田武(成蹊大学名誉教授)・藤本和貴夫(大阪経済法科大学学長)
         長縄光男(横浜国立大学名誉教授)・下斗米伸夫(法政大学教授)
        内海愛子(恵泉女学院大学名誉教授)・桜井均(立正大学教授)
                 白井久也(日ロ歴史研究センター代表)・井手裕彦(読売新聞編集委員)
                 栗原俊雄(毎日新聞学芸部記者)・瀬口晴義(東京新聞社会部長)
                 池田幸一(元抑留者)・猪熊得郎(元抑留者)      (*敬称略、12名)
6)事務局: シベリア抑留者支援・記録センター ?03-3237-0217 E-mail: cfrtyo@gmail.com
*賞金の原資は元抑留者から寄託された100万円。
*今後の予定:    ②2016年9月末 第2回推薦締切・10月発表
                ③2017年9月末 第3回推薦締切・10月発表
                              ④2018年9月末 第4回推薦締切・10月発表
                              ⑤2019年9月末 第5回推薦締切・10月発表